第315航空団と石油作戦

 第315五航空団は一番遅れてマリアナに配備された航空団でグアムに基地をおいていた.第315航空団のB-29は,尾部の機関銃以外のすべての銃塔を取り外していた.これはこの航空団が,アメリカ本国で,昼間に高高度から爆撃する訓練を受けていたためである.10000m以上の高度を飛行するB-29に対しては,日本軍の対空砲火も届かず,背後からの攻撃を除けば,敵の戦闘機の攻撃を受けることはないと考えられていたためである.

 第315五航空団のもう一つの特徴は,この航空団のB-29が,AN/APQ-7と呼ばれるレーダー(イーグルレーダー)を装備していたことである.他の航空団が使用していたAN/APQ-13というレーダーは,全方位の走査能力を持ってたが,航行用に開発されたものだったので,爆撃用には性能はさほどよくなかった.イーグルレーダーは爆撃のために開発されたレーダーで,前方60度しか走査できなかったが,すぐれた解像力を有していた.大きな建物であれば,このレーダーでその輪郭をとらえることができるほどの解像度であったといわれている.従来のAPQ-13はレーダーが爆撃照準器から独立していたが,イーグルレーダーは爆撃照準器と電気的に同調していた.このためにレーダー使用の投弾が容易になったといわれている.

 マリアナに到着してからは,この航空団を,夜間のレーダー爆撃専門の部隊とすることが決定された.これによって,第315航空団は,晴れた日には白昼の精密爆撃を,そうでない日は夜間の焼夷弾爆撃をするという他の航空団の日課から切り離された.第315航空団のB-29は,ほとんどの銃塔を取り外したため,軽くなった分を積載する爆弾の増加に当てることができ,グアムから日本本土の空襲にあたって9トン近い爆弾を搭載することができた.第315航空団のB-29は,胴体下を黒く塗装しているものもあって,これらの機は日本軍のサーチライトに捕捉されにくくなっていた.

 イーグルレーダーの効果を試すために,第315航空団の攻撃目標用には,日本の都市内でまだ爆撃されていない目標が必要だった.「海岸線に位置して夜間のレーダー爆撃に格好の目標」として石油精製施設と石油貯蔵施設が選ばれることになった.それまでほとんど爆撃を受けていなかったことと,海岸線に位置している比較的大きな目標だということが選択の主な理由になったのである.

 日本軍は,1942年(昭和17年)1月5日のオランダ領東インドへの上陸を手始めに,南方諸島の油田や製油所を手に入れた.しかし,こうして獲得した石油を日本本土に輸送するために船舶輸送に頼らなければならなかったことがアキレス腱となった.

 米軍の初期の作戦は,日本本土の石油施設を攻撃するよりも,この船舶輸送に攻撃を加えることだった.米軍の潜水艦や艦載機がこの役割を担った.このため戦略爆撃における日本本土の石油施設の優先順位は低かった.

 石油基地を目標にした爆撃は,1945年の4月までは,1944年(昭和19年)8月11日のスマトラ島パレンバンと翌年のシンガポールの石油基地に対する数回の攻撃のみであった.これらの空襲はマリアナを基地としたXXI爆撃機集団ではなく,インドを本拠地とするXX爆撃機集団によって行われた.

 日本本土の石油基地に対する攻撃としては,沖縄支援作戦の一環として行われた1945年5月10日の徳山海軍燃料廠,大浦油槽所,岩国陸軍燃料廠への攻撃のみであった.