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新着情報

2016年9月7日
『日本の都市を焼き尽くせ!』が,第19回日本自費出版文化賞特別賞を受賞しました.

2015年11月20日
『日本の都市を焼き尽くせ!』発刊.

2014年9月6日
カウンターを付けてみました.

2014年7月28日
『アメリカが記録した室蘭の防空』発刊.

2013年8月1日
『原爆投下部隊-第509混成群団と原爆・パンプキン』発刊.

2012年7月15日
第15回日本自費出版文化賞の第2次選考会が,2012年7月14日,東京都内で開かれ,『米軍の写真偵察と日本空襲』が入選し,最終選考に進みました.

2012年7月1日
『徳山要港防備図でたどる周南の戦争遺跡』を発刊しました.

2012年3月
ホームページを再開しました.
 
日々の生活の記録
12
2017/06/22

ササユリの数が減っているらしい

| by:admin
ササユリの花本来であれば登山口から1回休憩した後に山頂にたどり着くはずだが,やはり久々の登山のせいか,山頂まで5分というところで休憩した.ササユリの花は途中の登山道にもあったが,やはり山頂付近に多く咲いていた.
 山頂を少し過ぎたところに岩肌の展望台があり,すでに先客があった.今朝福岡県の添田の自宅を発って車でやってきたという話に驚いた.もう80近い老夫婦で,私がその歳になっても同じように元気に山登りをしていたいと感じた.
 しばしば弟見山に登山しているという人にも会った.盗掘などでササユリの花も減っているという.以前は弟見山というと,険しい登山道を登ってまず莇ヶ岳に登り,そこから縦走路をたどってようやく山頂に着くというイメージだったが,最近では,おそらく,私たちが通ってきた仏峠からの登山道が一般的になって,簡単に登れるようになったということも関係しているのかもしれない.
21:15 | 日記
2017/06/22

なつかしい標識に出会う

| by:admin
周南市最北端の山今日は,山仲間のMさんに誘われて弟見山(1085m)に登ることになった.主目的は山頂付近に咲いているササユリの花を見ることだ.
 8時に須々万支所前に集合して出発し,9時には登山口の仏峠に着いた.健脚のMさんがトップを歩くとバテそうなので志願して先頭を歩くことにした.
 写真は休憩場所から45分ほど歩いたところにある981mのピークに立っている「周南市最北端の山」の標識である.緯度と経度が記してあって,最後に「周南市ひと・輝きプロジェクト」とある.
 ちょうど10年前,市民応募型の「周南市ひと・輝きプロジェクト」という企画があって,知人のTさんらが応募して採択された「周南市の東西南北の端部にある山に登って標識を設置する」というような内容だった.おそらく今では内容を知っている人しか読めないほど朽ちていた.あれからもう10年が経った.
20:05
2017/06/19

野菜がスクスク育っている

| by:admin
野菜がスクスク育っている庭の畑にトマトやキュウリ,トウモロコシを植えてちょうど1月経った.今回ほどまじめに手入れを行っている年はない.朝起きたらまず水やり,夕刻には日が陰る頃にもう一度水を与える.畝の手入れをしたり肥料を追加したり,わき目摘みもほとんど毎日行っている.
 手入れの甲斐あってか,野菜の成長が早い.キュウリは,1週間もすれば収穫できそうだし写真のトマトも順調に育っている.
21:11 | 日記
2017/05/19

チェリーが鈴なり??

| by:admin
チェリーが鈴なり庭の桜に果実が付いた.鈴なりの状態だ.てっきりサクランボと呼ぶのだと思っていたが,調べて見ると,厳密にはミザクラの果実だけをサクランボと呼ぶらしい.「ソメイヨシノの実は食べてもおいしくない」とあるが,わが家の果実はいつも「甘くておいしい」.ソメイヨシノではないのか??疑問がどんどん拡大していく.
 いずれにしても2日後には果実が真っ赤になり,小鳥がきて食べて2-3日でなくなってしまう.今日,キュウリ,ピーマン,トマト,トウモロコシの苗を3本ずつ植えた.
21:44 | 日記
2017/04/28

久しぶりの長旅だった

| by:admin
空港に着いた成田へのフライトは昼過ぎの便だったが,身支度を調えて8時半にはチェックアウトした.途中の幹線道路で渋滞したが空港へは約1時間,空港のガソリンスタンドに着くと一安心だ.写真はそのスタンドにあるガソリン価格の看板で一番上がレギュラーガソリン.1ガロン当たり2.45ドルだから,1リットルに換算すると72円くらいになる.ここはすでに「空港」価格であり,滞在中に入れたガソリンの値段は66円で,ほぼ日本の価格の半分だった.
 久しぶりの長旅だったが,毎日が慌ただしく,過ぎてしまえばあっという間の米国滞在だった.
09:17 | 旅の空
2017/04/26

タイ料理を食べに行く

| by:admin
タウンセンター帰国する日が近づいてきた.毎日公文書館に通って夜は資料の整理で手いっぱいの生活である.夕食に変化をつけようと思ったときは,ネットの検索サイトで,都市の名前の次に国名を入れて"restaurant"を加え,最後に"map"と入力すると,近くのレストランを訪問者の評価も付けて地図上に表示してくれる.
 これまで行ったことのないレストランをと思い,”Thai restaurant"を入れてみたところ,市の中心部のタウンセンターにタイ料理の店があって評価も比較的高かったので,そこに行くことにした.
 写真はそのタウンセンターの駐車場から周りの様子を撮影したもので,駐車場が広々としていて,日本のように立体的でなく平面的なのが利用者には便利だ.タイ料理を食べるのは生まれて初めてのことで,何を食べるか迷ったあげく,結局,店員にお勧めのメニューを聞いて注文する結果となった.内容は満足のいくものだった.
03:26 | 旅の空
2017/04/22

沿線の風景に大きな変化が

| by:admin
沿線の風景に変化が毎朝1号線沿いにカレッジパージの市内を通って公文書館に通っている.写真は過去にずっとお世話になってきたモーテルが集っている地区だ.
 右端の黄色い看板が今泊まっているホテルと同じ系列のホテルで,これまで何度もお世話になった.左端の赤い看板の場所はDays Innというモーテルがあったのだが,同じ建物のままRed Roof Innに変わっている.Days Innはどこに行ったかというと,少し先のRamada Innだった場所がDays Innの看板を掲げていた.一番大きな変化は写真奥の大きな建物で,2年前来たときは更地でチェックアウトする日に一部コンクリートの建物になっていたが,今回巨大なアパートと化していた.「入居者募集中」とあった.
08:34 | 旅の空
2017/04/20

パーク&ライドを体験

| by:admin
PGプラザ毎日ワシントン郊外の同じところに通っているが,今日は中心部にある議会図書館に行くことになった.これまで車で近くまでいって駐車場をさがすのに苦労したので,今回パーク・アンド・ライドを利用することにした.近くのメトロの駅まで行ってそこに駐車し,そこから地下鉄で市内へ行く方法だ.中心市街地の渋滞緩和のために広く利用されている.1日駐車しても5ドル程度である.
 初めての体験なので少し余裕をもってホテルを出てカレッジパークの駅に着いた.400台以上駐車できるパーキングがあり,入るときは何の手続きも不要,構えて行っただけに少し拍子抜けだ.問題はここからで改札の方に行ってみると駅は閉鎖されていた.メトロの利用者のために隣のプリンス・ジョージア駅までシャトルバスが出ていた.事情がよくのみ込めないうちにバスに乗ってわかったことだが工事のため閉鎖されているのだという.写真はプリンス・ジョージア駅.
08:32 | 旅の空
2017/04/17

日曜日のノルマ

| by:admin
コインランドリー旅行用に衣類は7日分を持参しているので日曜日は洗濯をする日である.よく使うところは遠くなったので,ホテルと同じ街中にあるコインランドリーを利用することにした.
 乾燥には時間がかかるので,その間に昼食を済ませるというのがこの日の計画である.写真は許可を得て撮影したコインランドリーの内部の様子で,客の姿が見えないが,多くの洗濯機や乾燥機が動いていて利用者が多いことがわかる.手前が洗濯機で奥に並んでいるのが乾燥機,写真の一番奥から撮影すると同じような光景が広がっている.洗剤は日本から持参,洗濯機が2.5ドル,乾燥機が1.5ドルだった.
08:22 | 旅の空
2017/04/16

心の安らぎはコーヒーから

| by:admin
ソフトドリンクキャンペーンホテルに帰るまで毎日30分程度運転するので,いったん部屋に帰ると外出する気にならない.そこでホテルでくつろぐために外でコーヒーを買ってホテルの部屋で飲むことにした.初日はセブンイレブンで買ったが,ホテルを少し行き過ぎた場所にあってUターンして帰らなければならないので1度きりで止め,2日目はスターバックスで買って帰ったが,帰路と反対側の車線に沿ってあるため面倒でこれも止めた.
 ホテルから200mほど離れたところにマクドナルドがあって,全米のチェーン店でソフトドリンク1ドルキャンペーンを展開している.ラージサイズのコーヒーでも1ドルで,これは割安感が大きい.3日目からはここでコーヒーを買ってホテルに帰って飲むのが日課になった.
20:13 | 旅の空
2017/04/15

すべてのIDを用意する

| by:admin
米国立公文書館写真は現在通っている米国立公文書館を駐車場の辺りから撮影したもので,毎日写真の撮影位置付近に駐車して入館する.入館の際に必要なIDの期限が切れていたので,新たな登録手続きが必要になった.これまでの入館証があったので手続き自体は簡単だったが,受け取った新たな入館証はプラスチックではなく,紙製だった.それらしい噂によれば,カードを製造する機器が故障して,それを修理するお金がないという.
 初日はパスポートで通過できたので気にならなかったが,2日目からたいへんだった.車でゲートを通過する際,顔写真の入ったIDが必要だと言われるので,パスポートを出すと,ここは主に車の確認だと言われて運転免許証の提示を求められる.国際運転免許証を差し出すと,発行日は記載されているが有効期限の記載がないと言われて日本国内の運転免許証を求められる.さらには入館証を求める担当者もいて,結局,毎日4種類のIDを用意してゲート通過に臨むことになった.
22:34 | 旅の空
2017/04/15

韓国レストラン再訪

| by:admin
いつものレストランホテルの所在地が変わると夕食をどこでとるかに悩むことになる.結局,慣れていない場所よりよく知ったレストランに足が向く.一度ホテルに帰るとそれから出かけるのはおっくうになるため,公文書館の作業を終えた後,夕食を済ませてホテルに帰るという日課になった.写真のレストランは「ミョンドン」という名の韓国レストランで,米国滞在中はよく行ったところだ.ここのビビンパやジャジャン麺はとてもおいしい.
 店に入ると旧知の店員がいて,「久しぶりだねえ」と懐かしがってくれた.次の反応は,昨日行った中国レストランもそうだったが,やはり「痩せたねえ」だった.店員と客という以上の関係はないが,滅多に顔を見せることもない客のことを覚えてくれていたことに感激した.
18:34 | 旅の空
2017/04/13

朝食にもわずかな変化が

| by:admin
ワッフルメーカー朝食はモーテルでとるが,どこで宿泊してもほとんど変化のなかったメニューに,今回ワッフルメーカーが登場,さっそく試してみることにした.写真の右側の生地を供給する機器の表に調理方法が表示されている.紙コップに素材を入れて中央下(黒色)のワッフルプレートに載せ,蓋をして密閉し半回転して2分半待てばできあがりだ.まだ肌寒い朝があって,暖かい食べ物はありがたい.
 同じ器具でもいろんな利用の仕方があって,朝食だけでなくランチの分もつくる人やおそらく家族の分もつくっていく人たちがいる.
08:23 | 旅の空
2017/04/12

少し不便だが

| by:admin
ホテルと1号線1月のワシントンでの大統領就任式の際に,ワシントン近郊のホテルの宿泊料が大幅に上がった.気のせいではないと思うのだが,それ以降,宿泊料金が高止まりしていて,私が通うカレッジバークの公文書館の周辺では,どこも1泊90ドル程度である.一度試したことがあるのだが,せっかく車があるのだから,少し遠いところでも宿泊料金の安いところにしようと,カレッジパークではなく隣のLaurelというまちのホテルを予約した.写真は左側の道路がワシントンに通じる1号線で,右側にあるのがこれから2週間以上お世話になるホテルである.何しろ宿泊料金が1泊25ドルも安い.公文書館まで毎日30分程度運転しなければならないこと,エレベーターが故障していること以外は特に不便はない.と思っていたところ,実はWiFiの信号が不安定でインターネットにアクセスできる時間帯とそうでない時間帯があることがわかった.ただ慣れてしまえば何でもないことかもしれない.
11:55 | 旅の空
2017/04/11

2年ぶりのアメリカ

| by:admin
渋滞久しぶりにアメリカにやってきた.ダレス国際空港に着くと,2年前には準備中だったAPCと呼ばれる入国自動化ゲートが完成していた.以前は入国審査の列に並ぶだけで1時間以上かかったが,今回初めてストレスなく通過できた.いろんなことが少しずつ変化していると感じた.
 空港からはいつものようにレンタカーでホテルへ直行する.楽勝と思いきや,ワシントンDCの環状線485号線で突然の渋滞だ.何しろ片側4車線の道路が渋滞するのだから壮観?だ.写真は渋滞で止まっている間に撮影したもの.車内が少し暑くなってきたので,ジャケットを脱ごうと片袖分外したところで,よくあることなのだが,突然渋滞が解消し,残りの片袖は外さないままホテルに着いた.
22:22 | 旅の空
2017/03/31

アナログテレビに別れを告げる

| by:admin
アナログテレビに別れを告げるいつも寝る前に見ていたテレビが急に映らなくなった.スイッチを入れても映像が現れない.基本的なチェックを終えて故障していることがわかった.ずいぶん以前購入したテレビで,5-6年前,やはり故障して修理を依頼した知人から「修理はこれが最後と思った方が良い」と言われた代物だった.
 廃棄する方法を調べたところ,リサイクル品として家電専門店などに持って行く必要があることがわかった.問題はその重量でネットで調べたところ53kgもある.床上の平行移動は台車を使えば問題ないとして,1階に運ぶために階段を下りなければならない.在職中であれば学生に頼めるのだが….
 たどり着いた結論は,登山用の背負子にテレビを縦にして載せ,背負って下りることだった.写真はその作業が成功した後,玄関前の仮置き場に居座るテレビ.
 明日からいよいよ4月だ.
17:56 | 日記
2017/02/21

島巡りの締めくくりは屋代島で

| by:admin
油田漁港原稿の締め切りが1週間後に迫ったこの日は島巡りの締めくくりの1日でもある.今や大島大橋で陸続きとなった屋代島(周防大島)にやってきた.この日は,島に住む旧知のS氏の案内ということで少し気軽な気持ちで待ち合わせの場所に行った.
 最初から予定にあった場所や図書館を訪ねているうちにまた新しいことがわかってきて,滅多に来れない場所だからと欲を出した結果,けっこうハードな1日となった.写真は,昼食後,少し疲れた頃に訪ねた油田漁港の様子である.島といってもけっこう大きな島で,油田漁港は大島大橋を渡ってかなり東に行ったところにある.
 写真手前は浜で海藻を干している様子を撮影したもので,中央に写っている方には調査でもお世話になった.海藻を干して食用に売るのかと思いきや,肥料として畑に撒くのだという.「塩分が入っていて大丈夫ですか?」と質問してみたが,撒く量を経験的に加減すると良い肥料になるのだという.とても景色の良いところだった.
22:17 | 旅の空
2017/02/18

柱島から端島に向かう

| by:admin
端島小中学校柱島の港に帰ってきた.端島に行く船の便までまだ1時間もある.本当はこの機会に島の最高峰金蔵山に登りたかったが,時間的にちょっと厳しい.柱島の沖から島をながめたときに高いところに大きな鉄筋コンクリートの建物があり,島に渡ってそれが休校となっている柱島小中学校の跡だと知った.「あそこまでなら行けるかもしれない」と思い立ち,重い足を引きずって学校跡まで歩いた.
 幸運なことに,港に帰ってきたところで,端島に住んでいるという人たちに出会った.同じ船で端島に渡り,船着き場で島のことを一通り教えていただいた.1945年7月24日にこの島に1発の爆弾が落とされ9人がなくなったのだが,その場所や亡くなった人たちの名前,当時の様子などを詳しく教えていただいた.昔のことだがやはりあまり思い出したくないらしく申し訳ない気持ちになった.
 写真は岩国に行く船を待つ間に訪ねてみた端島小中学校の跡である.写真の右下,薪を背負って本を読む二宮金次郎像がそのまま残っている.明日からでも再開できそうな様子だが,今島には小学生も中学生もいなくなっているのでこの建物が学校として再び使われる可能性はほとんどない.また気持ちが重たくなった.
23:36 | 旅の空
2017/02/18

浦庄の浜まで歩く

| by:admin
新宮の鼻島の南東端にある浦庄の浜に呉海軍工廠の施設があったという話を聞いて,そこまで行ってみることにした.まだ端島に行かなくてはならないし,今日はちょっと歩きすぎではないかと思ったが,とにかく歩いて行くことにした.
 浦庄の浜は,とても景色の良いところだった.続島(つづきしま)をすぐ近くに望むことができて,東側には写真の新宮の鼻が見える.明治から大正にかけてこの島で石灰を生産していて,その名残の炉の跡を見ることができるらしく,引き潮のときに陸続きになり,歩いて渡れるそうだ.
23:25 | 旅の空
2017/02/18

柱島にやってきた

| by:admin
柱島の昼ごはん予定通り,黒島港10時37分発の定期船に乗って柱島にやってきた.ここも戦争末期に空襲を受けたが,手がかりが何もない.港で年配の人に当時のことを知っている人を紹介してほしいと頼むと,ためらいなく一人の男性の名前が出てきた.私としては選択の余地がなく,紹介されたところに行ってみることにした.
 坂を登ってたどり着いた目的地は空振りだった.ただ,下の家で昨年103歳で亡くなったおばあちゃんの1年忌が明日予定されていて,親戚の人たちが集まって準備をしているから,そこで聞いてみてはと勧められた.可能性が消えていたので,ここでも選択の余地はなかった.
 こうしてうかがったお宅では,確かに多くの人が明日の準備をしていて詳しく話を聞くことができた.一通り話を終えたところで「昼ご飯は食べましたか?」と聞かれたので,朝4時半に朝食,昼食は10時頃簡単にとったことを話すと,昼ご飯を食べて行くよう勧められた.こちらの用事でおじゃましたのに,昼食までいただいてはと恐縮したが,好奇心の方が勝って結局いただくことにした.最初は玄関口で食べる予定だったが,それではお客さんに失礼だということになり,結局座敷に上がって食べることになった.
 レストランなどで写真をとるような趣味はないのだが,滅多にないことなので記念にと撮影したのが上の写真,とてもおいしかった.
23:18 | 旅の空
2017/02/18

黒島・柱島・端島の旅

| by:admin
黒島の港最近の生活は,「島めぐり」の様相を呈してきた.原稿の締め切りが近づいてきた今日は,岩国の黒島・柱島・端島の3島を1日でめぐる計画を立てた.週末は定期船が増便するのでこうした計画が可能になる.岩国港までどうやって行くかが問題になったが,結局公共交通機関を使うのが最も安いということがわかり,朝4時に起きて山陽本線で岩国駅まで行き,駅から岩国港までは25分かけて歩いた.
 岩国港から最初の訪問地黒島までは定期船で約40分,ここでの主目的は1945年7月24日の黒島空襲で亡くなった黒島分校の生徒13人を含む19人の犠牲者の供養塔を見学することだった.写真は一通り見学した後,港に出て黒島の集落を撮影したもの.一番左の建物が1994年に休校となった黒島小学校の建物であるが,現在島には小学生も中学生もいなくて,住人の数も十数名という.
22:50 | 旅の空
2017/02/13

上関を訪ねる.

| by:admin
志田海岸を望む祝島でいろんなことがわかったので,やはり現地調査が大事だということで,今日は上関にやってきた.わが家から約1時間半車を運転して,上関大橋を渡り長島に行った.長島では約束していた人に首尾よくインタビューすることができ,再び上関大橋を通って室津に移動,最後の訪問地志田にやってきた.
 観光案内書にはないが,1945年7月28日に関西汽船の聖川丸(きよかわまる)が米海軍の艦載機に攻撃されて,最後は沈没を避けるために志田の浅瀬に乗り上げた.このとき亡くなった17人を慰霊する「聖川丸戦没者の墓」が志田岬を望むことができる小高い丘の上に建てられている.碑文にある死亡した人たちの出身地が日本全国に及んでいて,予想もせずこと志田で最期を迎えた人たちの無念さを考えずにはいられなかった.
21:13 | 旅の空
2017/02/05

島の最高峰に登る

| by:admin
祝島の2等三角点三浦湾の側にある島の観光スポット,コッコーの自生地やケグアの樹を見て歩いたのち,いったん民宿まで帰る.夕刻も当時を知る人へのインタビューがセットされているが,心配なのは明日の天気だ.雨の予報が出ていて外回りが制限されそうだ.そこで思い立って今日のうちに明日予定していた祝島の最高峰への登山をすることにした.
 2時半に民宿を出て4時までに山頂にたどり着けない場合は引き返すことにした.三浦湾の近くで相当歩いていたので,さすがに足が重かった.ほとんど山頂近くにある行者堂までは登山道があったが,そこから先はヤブ漕ぎだった.山頂に着いたのはちょうど4時だった.視界はまったくきかない.ただ標高357mの山頂の2等三角点だけは確認することができた.山の正式な名前が気になって,国土地理院の3角点の情報を調べてみればわかるだろうと,民宿に帰ってネットで調べてみたところ「祝島」とあって苦笑いした.
07:07 | 旅の空
2017/02/04

祝島にやってきた

| by:admin
祝島三浦湾地方史に投稿する予定の原稿も終わりに近づいてきた.1945年7月の艦載機空襲を扱ったものだが,ここに来て当時の写真が撮影された場所が特定できるようになった.空襲からすでに71年が経とうとしているが,現地を訪れればもしかしたら何か発見があるのではないかと思い始め,手始めに祝島に行ってみることにした.本当は2週間前に宿を予約したのだが,思いもかけず強風のため船が欠航となって,仕切り直しで今日の祝島行きとなった.
 朝6時に起きて,祝島の港に着いたのは10時半だった.港では今日宿泊予定の民宿の夫妻が出迎えてくれた.民宿から自転車で約20分かけて三浦湾にたどり着いた.写真の奥の島は小祝島で,右側に突き出ているのが三浦湾の波止である.民宿の方の計らいで,ここで当時のことを知る地元の人にインタビューすることができた.ここ三浦湾で攻撃を受けて沈没した民間船舶の名前や戦後のサルベージの様子を聞くことができた.
20:02 | 旅の空
2017/01/01

明けましておめでとうございます.

| by:admin
2017年元旦のご来光5時半に起きて食事をすませ緑山に向かった.日の出の時刻の20分前頃には山頂に立つことができた.すでに3人の先客があった.風はなく東の方角の山々には雲海が発生していた.
 7時17分頃,彼方の1点が明るくなると,その点がみるみるうちに拡大していった.全体が見える頃には太陽が赤く輝いて,これまでに見たことのないような深い赤だった.今年が良い年でありますように.
08:58 | 日記
2016/12/17

笠戸島の戦争遺跡を訪ねる

| by:admin
笠戸島の戦争遺跡今日は,笠戸島(下松市)の戦争遺跡を訪ねる企画に案内人の一人として参加した.空は晴れていたが,寒い1日だった.しかし主催者側としては行事が実施できただけで良しとしなければならないだろう.
 発電所跡の見学に始まって,探照灯,電波探信儀(レーダー),聴音機などがあった場所を一通り見て回った.各ポイントでの説明が私の役割だったので,A3版の写真用紙に解説文を印刷してラミネート加工したパネルを15枚作成しておいたのだが,ちょっと多すぎて実際に使ったのは10枚程度だった.いつものことであるが,参加者にわかりやすく説明するというのは難しいことで,そのために資料を調べ直すことが自分自身の理解を深めるためにも役に立ったように感じた.写真は,参加者が探照灯の台座の直径を測定しているところ.
21:13 | 日記
2016/11/16

晩秋を感じるとき

| by:admin
晩秋の風景この時期ウォーキングをしていると,「もうすぐ冬だ」と感じることが多い.気温の急激な低下もそうだし,ウォーキングの途中で出会う人たちの衣装ももう冬に近い.写真はいつものコースの近くにあるイチョウの木で,真っ黄色になっているがまだ落ち葉はない.一昨日遠くから見たときは,まだ黄緑色が多く,まだ3?4日かかると思っていたところ,一挙に「黄葉」した.何しろ周りはすべてスギやヒノキの針葉樹だから黄が際立っている.晩秋の風物詩だ.
19:27
2016/10/08

横浜にやってきた

| by:admin
玉楠の木自費出版文化賞の表彰式に出席するため東京に出てきた.いったん上京が決まると,あれもこれもと用事を追加して身動きできなくなるのはいつものことである.昨日横浜に移動して,今日の午前中は開港資料館でちょっとした調査を入れた.驚いたことに,ホテルから資料館までは5分もかからず,開館時刻より40分も前に資料館の入口に着いてしまった.
 それでも開館30分前にはゲートが開いて資料館の中庭で待つことができた.写真はイスに腰掛けて撮影した中庭の「玉楠の木」である.解説によれば,日米和親条約の頃からあった木で,関東大震災で領事館が倒壊して焼失したが,焼け残った根から蘇生して現在のような巨木に成長したのだという.開館までの待ち時間に横浜の歴史を感じることができた.
20:03 | 旅の空
2016/09/25

緑のトンネル

| by:admin
?のトンネル今日は「緑山に親しむ会」の登山道整備の日だった.今日は山頂の草刈りが中心で,作業は約2時間で終了した.
 写真は山頂から緑山周回コースに向かう途中にある鞍部で,いつも昼食をとる場所である.十数年前,登山道整備を始めた頃に山頂周辺の低木を伐採して平地にした.ところが,その後時間が経つにつれ,登山道の両側にまた低木が繁り始め写真のようになった.まるで緑のトンネルだ.
 昼食が終了する頃から急に雨が降り始めた.雨あしが強くなって急いで帰り支度をして山をおりた.
22:02 | 日記
2016/08/29

女川バスツアーに参加した

| by:admin
女川バスツアー空襲・戦災を記録する会全国連絡会議第46回仙台大会に参加するため26日に仙台にやってきた.26-27日が研究会,27-28日が本大会で,28日の夜も会議だった.
 今日は大会の最後のイベント,仙台大会オプショナルツアーで,東日本大震災の傷跡が残る仙台や女川の被災地を見学した.津波という自然の猛威にただただ驚くばかりだった.写真は雄勝硯生産販売協同組合を訪ねて雄勝石の加工工場を見学していることころ.
23:48 | 旅の空
2016/08/22

象山地下壕の見学

| by:admin
象山地下壕 2日目のシンポジウムの分科会では,いろいろあったが無事終わった.3日目は現地見学会で,戦争末期の大本営や日本の重要政府機関の移転予定先の見学だ.8時半に旧長野電鉄松代駅前に集合し,バスで見学先に向かった.政府機関や日本放送協会,中央電話局の移転が予定されていた象山地下壕の他,大本営予定地や天皇・皇后用庁舎の移転先だった舞鶴山も見学した.見学者の安全が十分に配慮されていて,説明も丁寧だった.写真は象山地下壕の中で説明を受けているところ.
 「日本のいちばん長い日」に登場する高橋悦史が演じた井田正孝少佐が,この移転計画の発案者だったらしい.空からの偵察に十分耐えるだけ偽装がなされたのか,見学の最後に見せてもらった戦後の航空写真はこの質問に対して心もとないものだった.
23:02 | 旅の空
2016/08/21

長野にやってきた

| by:admin
長野駅戦跡保存全国シンポジウムに参加するため,長野にやってきた.会場は松代なのだが,ホテル料金の問題から長野駅の近くのホテルに滞在し,松代に通うことになった.松代行きのバスは長野駅から30分ごとに出ていて,バスを待つ間に撮影したのが右の写真.長野駅には学生時代に登山のため立ち寄ったことがあるのだが,駅から見る風景はすっかり変わっていた.
20:28 | 旅の空
2016/08/13

特等席から花火見物

| by:admin
花火今朝,須々万(すすま)の空に花火が上がった.「今日は土曜日だし何か行事があるな」と思って調べてみると,『須々万地区ふれあい盆踊り&花火大会』があるらしい.人混みが苦手な私は,この種のイベントにはほとんど参加したことがない.
 何しろ会場の小学校からわが家までは800mしか離れていない.8時を過ぎた頃になると花火の音が聞こえ始めた.2階のバルコニーに上がってみると,打ち上げられた花火が上空で破裂して球状に拡がりながら散っていく様子を目の前で見物できる.
 よく考えてみると,打ち上げ花火を見るのは,2005年に長岡の花火を見たのが最後で,11年の空白があった.構えずに花火を見るのも良いものだと思った.
22:11 | 日記
2016/05/12

看板が設置された

| by:admin
杉ヶ峠砲台跡天気の良い1日だった.久しぶりにわが家の近くの杉ヶ峠砲台跡を訪ねてみた.戦争当時に建設が進んでほとんど完成までこぎつけたようだが,米軍のマリアナからの攻撃が激しくなって,北からの侵入に備える必要がなくなったのか,最終段階で建設が中止された.
 この場所は,ちょうど周南市と下松市の境に位置しているが,昨年度末に下松市の予算でここと平谷に看板が設置された.ここに建設予定だった防空砲台と,万福寺山と鷹ノ泊山の見張所が連携したことなどにも触れてあって,やはり看板を設置する意味は大きいと感じた.
22:27 | 日記
2016/01/25

大雪の日の荷物

| by:admin
大雪の日の荷物昨日の朝は,積雪30cmの予報にもかかわらず,1cmも積もらなかった.ところが今朝は15cm程度積もっていて驚いた.外の騒音が聞こえないため,8時前に荷物が届いたのに気付かず,不在配達票が玄関に挟んであった.増刷した『米軍の写真偵察と日本空襲』第2刷の第一陣の配達通知だった.この大雪の日に何というタイミングだろう.
 配達業者には1時間後に再訪するようにお願いして,慌ただしく受け入れ準備を始めた.まず玄関の雪をきれいに除いて,湿っている部分をバスタオルで拭いた後,乾燥のため30分間放置し,厚手の包装用紙を二重にして入口に置いた.ちょうど準備を終えた頃に配達の車がやってきた.
09:49 | 日記
2016/01/01

明けましておめでとうございます

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新春登山セットしておいたアラームが鳴らず,予定から20分過ぎて自力で目覚め,慌てて集合場所に行った.緑山山頂に着いたのは5時半頃で,日の出までには相当時間があった.ドラム缶の中で炭をおこして登山者を待った.登山者は70人になった.私たちが山頂に着いたときには,まったくの晴天だったが,日の出が近づくにつれて急速に雲が広がってきて,ご来光が危ぶまれた.
 それでも,山際と垂れ込めてきた雲の間から太陽を見ることができた.大きな太陽だった.今年が良い年でありますように!
11:10 | 日記
2015/12/27

新春登山の準備が整う

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新春登山の準備何しろ緑山から元旦のご来光を見ることが出来る(らしい)のは,数年ぶりなので,ご来光の方角に夾雑物がないかなど,数日前にご来光の時間に登ってみた.
 今日は,緑山新春登山の準備のため,登山道の安全の確認や山頂の整備などをすることになった.9時に須々万支所に集合したのは7人で,山頂を目指した.
 山頂の標識の文字が色あせてきたので,9年ぶりに,化粧し直すというのも,この日の作業の一部だった.毛筆に墨汁を付けて文字をなぞる作業で,40分程度で標識がすっかりきれいになった.
22:11 | 日記
2015/12/13

老化に抗して(2)

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伊崎山9時には伊崎山の山頂近くにいたわけだから,今日の登山は楽勝と考えていたところ,予想外に時間がかかった.やはり計測を一人でするというのはたいへんで,数十mの長さを測るときなど,測定区間をいくつかに分けて,一端を固定してもう一方の端まで行って,計測後は固定したスケールを外すために,また戻らなければならない.気が付くとすでに正午を過ぎていた.佐連山登山のために設定したタイムリミットぎりぎりのところまできていた.
 元来た道を急いで下山した.20代の頃はともかく,低い山といえども,1日に2つの山に登るなどこれまで経験がなかった.この日のさらなる登山に駆り立てるのは,また別の日に登ることの手間暇である.意を決して登山を開始したがやはり足が重い.それでも休まずに足が前に出るから不思議だ.目的地までたどり着くと,やはり同じ日に2か所の戦時遺構を見るというのは新鮮で,いろんな発見があった.
 写真は,下山して,手前の佐連の集落越しに見た伊崎山.歩数計を見ると,かなり歩いたと思ったが,それでも16000歩しかなかった.
09:33 | 日記
2015/12/12

老化に抗して(1)

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ヌタ場どうしても調べたいことがあって,またまた周防大島に行くことになった.通常は,登山日を決めておいて登るが,今回は天気の良い日に登ることにした.前の晩に天気を確認して登るわけで,単独行となった.
 天気予報は終日晴れであったが,家を出るときには厚い雲が垂れ込めていた.「約束がちがう」と思ったが予定通り登ることにした.
 わが家から約80km,登山口に着いて,地図や昨夜まとめた資料を忘れてきたことに気付いて目の前が真っ暗になった.
 それでも立ち直れたのは,昨夜イメージトレーニングをして地図を頭の中に入れていたことだった.実際のところ,最初の山である伊崎山の山頂には登山口から予定のコースを直登して30分で着くことができた.写真は山頂から延びる稜線上にある巨大な?ヌタ場.昨日の雨のために水たまりになっていた.左下に見えるのは海軍の境界標石である.
20:59 | 日記
2015/12/03

緑山新春登山

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新春登山今年も残り1月となった.1日に緑山新春登山の実行委員会が開催され,「緑山に親しむ会」を代表して出席した.
 過去数年間,計画しては天候に阻まれて中止というパターンが続いている.暖冬の今年は実現可能ではないかというのが参加者の大方の見方であった.今年は荒天の場合も中止にせず,飛龍八幡宮まで歩く計画だという.
 私たちの会は,昨年同様,登山者より先に山頂に着いて,炭をおこしておくことになった.4時起床??
20:26 | 日記
2015/11/18

見納め

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見納め両親が亡くなって,もう10年以上も前に住む人がいなくなった家だが,危険建造物になって近々解体するというので,久しぶりにふるさとに帰った.自分が育った家なので,いざ無くなるとなるとやはり寂しい.簡単な儀式の後,家の周りをカメラで撮影した.
 写真は,以前タバコ屋をしていたときのなごりで,看板だけが残っていた.これもまもなく無くなる.中学生のときは,お客が来ると店に出て応対しなければならないことがあった.おもしろいテレビ番組を見ていると決まってお客が来て煩わされた.それで,タバコを吸うことは人に迷惑をかけることだと,大人になってもタバコは吸わないと誓い,今日までそれを実践している.私の両親は,はるばる私に会いに来るとき,店を閉めるとお客さんが困るからと,外からタバコをとることができるようにして,お客は用意された小さな容器に代金を入れて帰った.勘定が合わなかったことはなかったらしい.そんな時代もあった.
20:45 | 日記
2015/11/01

突然の訃報

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ティニアン島ネットのニュースで佐木隆三さんが亡くなったことを知った.
 私がまだ在職中で佐木さんが北九州市立文学館の館長をしているときに,館の企画で資料提供の依頼にお見えになった.「懇談の席を用意しておいてください」ということで,周南市の料亭でいっしょに飲むことになった.私自身はよく覚えていなかったのだが,しばらくして「ティニアン島に行く話はどうなっていますか?」という電話をいただき,飲んだ席でティニアン行きを約束したことを知った.
 滞在先での予定はティニアン島の知り合いに調整してもらい,参加者4人の手作りの旅となった.サイパンに2泊,ティニアンに1泊の日程で島の南から北まで見て歩いた.上の写真はティニアン島のエノラゲイを搭載したピットの前での記念撮影で,佐木さんは右から2番目.佐木さんの若き日の武勇伝をもう聞くことができないのが残念だ.ご冥福をお祈りいたします.
22:26 | 日記
2015/10/24

伊崎山に登る

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伊崎山に登る緑山で草刈りをした日に,知人に誘われて,周防大島の佐連山と伊崎山に登ることになった.いずれも聞いたこともない山だったが,ネットで調べると戦争遺跡が残っているということで,GPSなど測定器具一式を持参して登ることにした.
 1日で二つの山というのはたいへんだと考えていたが,やはり初回は佐連山に登ったところで時間切れとなり,今日は仕切り直しの伊崎山登山となった.メンバーは前回から1人減って3人.朝5時半に起きて準備を整え1時間後にはわが家を出た.
 登山を開始したのは9時前だった.地家室の石風呂から旧往還道を通って尾根伝いに伊崎山を目指すコースで,登山道には十分すぎるくらいの赤いテープがあり,迷うことなく10時過ぎには伊崎山山頂に着くことができた.
 前回もそうだったのだが,思いついたポイントにたどり着くと皆を止めてGPSで位置を測定し,遺構にたどり着くとスケッチや計測で皆をわずらわせた.結局自分のペースで登山していることに気付き,少し申し訳ない気分になった.
 計測を終えて下山し,道路にたどり着いたのは2時だった.写真は前回の佐連山登山のもので発電所の遺構ではないかと思ったがもう少し調べてみる必要がありそうだ.
23:05 | 日記
2015/10/23

初校が届いた

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日本の都市を焼き尽くせ!今日,印刷会社から,新刊『日本の都市を焼き尽くせ! 都市焼夷空襲はどう計画され,どう実行されたか』の初校が届いた.ずっしりとした重みを感じるのは,片面に印刷されていることとトンボが付いているためで,予定では1kg未満になるはずである.
 何度も確認したはずであるが,一目見ただけでわかるような単純なミスが残っていて,まだ先は長いと感じる.宣伝用のリーフレットやスリップ,封筒の初校も届いていて忙しくなりそうだ.予定にはまったくなかったことだが,『原爆投下部隊』と『米軍の写真偵察と日本空襲』の増刷も重なり,下流老人になりそうな気配だ.
22:05 | 日記
2015/09/28

長いトンネルを抜けた

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夕日に染まるうろこ雲昨年の暮れころに開始した本の編集作業がようやく終了した.6月末に脱稿の予定だったのですでに3か月遅れとなった.作業が進んでくると,朝起きたときから夜寝るまで,頭の中が本の編集に占領されつらくなる.例によって「退職後は毎日が日曜日ではなかったのか?」としばしば自問する.それほど時間をかけて編集開始時に意図したものをちゃんと表現できたかというと,これが心もとない.
 しかしとにかく終わったのである.写真は,夕刻のウォーキングで見た夕日に染まるヒツジ雲,明日からまた新しい人生が始まるような気がする.
21:03 | 日記
2015/09/27

緑山山頂がきれいになった

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緑山山頂よく晴れた1日だった.今日は今年3回目の緑山登山道清掃の日.9時の集合時間に須々万支所前に集まったのは7人,山頂で1人増えて,合計8人の参加者だった.
 山頂付近は5月にも草刈りをしたので,さほどの作業量にはならないと思いきや,丈の長い草が一面にはびこっていて驚いた.それでも数の力で12時頃には作業を終えた.山頂付近がすっかりきれいになった.
19:48 | 日記
2015/09/07

館山にやってきた

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米軍上陸地点戦争遺跡保存シンポジウムに参加するため館山にやってきた.東京からとても遠いという印象を受けたが,宿泊するホテルは館山の中心部からさらに離れた海岸線に位置していた.
 写真は,シンポジウムの終了後の見学会で,館山海軍航空基地の水上班滑走台跡を見学しているところ.戦後の占領軍の本隊の初上陸地点になった場所だという解説があった.
 マリアナの写真偵察機の最初の任務で撮影された数少ない航空写真に館山海軍航空隊の基地が移っていて,一度訪れてみたいと思っていた場所だった.
20:45 | 旅の空
2015/08/10

著名な熊本県人に出会う

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著名な熊本県人に出会う熊本の中心街にあるパレアホールというところにやってきた.仕事が一区切りついて1階に降りてみると入口付近が騒がしい.女性や子供がたくさんいて,何事だろうと近寄ってみて納得した.おそらく今や熊本で一番著名な人が,この日のイベントを終えて退場するところだった.
 たくさんの人が名残惜しそうに握手をしたり記念撮影をしたりと,退場間際まで忙しそうだった.この現象は何なんだろうと考えたり,感心したり….
23:17 | 旅の空
2015/06/04

再び神浦へ

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再び神浦へアメリカに行っている間に,長崎の神浦(こうのうら)から便りが届いていた.私が2年前に訪ねたときは,海軍の4号3型レーダーの受信機の遺構しか見つけることができなかったのだが,その後送信機の遺構も見つけたという報告だった.本当は5月に行きたかったが前半は時差ぼけ,後半はためた仕事の整理で忙しく実現しなかった.
 昨日長崎について,今日,ようやく遺構を訪ねることができた.写真は,送信機の場所ではなくて受信機の遺構である.地域の活性化のために活用したいということで,地元の人もたくさん参加してくれた.もうほとんど死にかけて,使っている時間より手当をしている時間の方が長いスマートフォンも,今日は機嫌良く働いてくれて,GPSが受信したデータを読み取ることができた.
21:39 | 旅の空
2015/04/26

長い旅だった

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ガソリンの値段同じ宿に3週間も滞在したのは生まれて初めての経験だった.チェックアウトして空港を目指す.経費節約のためガソリンはいつものスタンドで満タンにして返す.看板にはレギュラーガソリンが$2.53と表示されている.昨年は$1が102円だったが,今年は120円,円安でも1リットル当たりの価格に換算すると80円,やっぱり安い.
 理由はよくわからないが,セルフサービスのこのスタンドも,日本のクレジットカードでは使用できない.先に事務所に行って少し多めに支払っておき,給油後に精算するという支払い方法にもようやく慣れた.
05:52 | 旅の空
2015/04/24

新しい建物に驚く

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大きなビルが調査も終わり,明日はアメリカを発つ日だ.宿に帰って周りを見渡して気づいた.こちらに来たときは更地だった隣の敷地にコンクリートの新しい4階のビルが建っている.記憶違いかと思い,工事現場の近くまで行って納得した.主要な部分のハリや柱,壁面を工場でつくって建設現場まで運搬し,大きなクレーンなどを使って組み立てている.今日まで気づかなかったのは,おそらく,運搬作業が交通量の少ない深夜に行われているからなのだろう.この土地には,昔は,キャンピングカーを改造したリカーショップなどがあった.周囲の風景も徐々に変化している.
20:24 | 旅の空
2015/04/23

デジタルカメラを使ってみる

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デジタルカメラを使ってみる最近ずっと文書ばかり閲覧しているが,帰るまでにどうしてもやらなければならないことがあって,それは動画の確認だった.見たい動画があるというのが主な理由だが,知人から依頼されたものもあった.久しぶりなので少し戸惑ったがすぐに慣れて閲覧したい動画を見つけることができた.
 驚いたことに,最近は閲覧したものをそのままDVDに録画することができるという.もちろん画質は正規に購入したものに劣る.DVDを少なくとも1枚購入する必要がある.「館内で購入すると割高になりますが」という職員の忠告に耳を貸したというより,持参した重い三脚やカメラを有効に使いたいという気持ちが勝った.三脚を据えて,デジタルカメラの動画撮影機能を使って撮影してみた.上の画像はその動画を編集ソフトでコマ撮りしたもので,館内の窓から差し込んだ光がディスプレイに反射しているが,まずまずの画質で撮影することができた.
00:17 | 旅の空
2015/04/14

ワシントンの桜

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ワシントンの桜今日,私が通っている米国立公文書館で仕事をしている日本の方から,週末,DCの河畔は桜が満開で,観光客でいっぱいだった,と聞いた.中学校の時に習ったワシントンの桜は一度見たきりで,その後機会を逸している.右の写真は,米国立公文書館の敷地内に咲いている桜で,「ワシントン周辺の桜」といえるかもしれない.
 ここでの暮らしも1週間が過ぎ,作業も軌道に乗ってきたように思う.よく考えてみると,20年以上前の,まだ若く体力のあった頃の作業スタイルを維持しているのではないか?退館時にふとそんなことを考えた.
21:07 | 旅の空
2015/04/09

駐車場さがしで苦労する

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連邦議会議事堂議会図書館での資料収集のため,久しぶりにアメリカの首都ワシントンの中心部にやってきた.駐車場さがしに苦労することはわかっていたのだが結局車でやってきた.郊外のメトロの駅にはパーク&ライドがあり,そこに車を止めて,メトロで中心部に入る,という方法は失敗のあとに知った.
 待ち合わせの時間に遅れまいと,結局駐車時間が2時間に限られている路上に駐車することになった.少し慌てていたためか,5番通りとD通りがぶつかる場所と覚えて議会図書館に向かったのだが,これが失敗のもとで,D通りというのは北東(NE)と南東(SE)の2か所にあるということを後に知った.議会図書館でも駐車違反のことが気になり早々に切り上げて車のところに向かった.
 よくある話なのだが,最初に行ったNEのD通りはまちがいで,結局元の駐車場所にたどり着くのに1時間歩いてしまった.ただ歩くのは苦にならなかった.こちらに来てウォーキングの機会がなかったので,適度に運動できて良かったのかもしれないと思った.
 写真は,歩いて駐車場所まで行く途中に通った連邦議会の議事堂で,工事の真っ最中だった.
23:05
2015/04/07

部屋からのながめ

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部屋からのながめようやく宿にたどり着いた.チェックインを済ませて,とりあえずどこかで昼食をと考えて駐車場に戻ると,車がパンクしている.ヤレヤレと思い,部屋からレンタカーの会社に電話しようとするが,かけるたびに別の会社につながってしまう.よく調べてみると,最近電話を使った形跡がなく,プッシュ式のボタンを押すと,ボタンが元の位置に戻るまで時間がかかるのである.早めにプリペイド式の携帯電話を購入しておくべきだったと反省する.過去の経験から,この手のトラブルではなかなか出張サービスは望めない.スペアタイヤに交換した後,片道40分かけて空港のレンタカー事務所まで行き,車を交換してもらう.
 写真は,トラブル解消の後,部屋から見える風景を撮影したもの.右側を走っているのが1号線.
09:02 | 旅の空
2015/04/05

ビジネスクラスの旅

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ビジネスクラス調査のために渡米することになった.この円安のときにちょっとつらいなと思って,これまで貯めたマイルを確認したところ,アメリカ往復に必要なマイルが貯まっていて,とりあえず航空運賃は負担しないで良いことになった.昨日,滞在先での予定が大幅に変更になって,成田では,航空券の変更やレンタカーの予約の変更でたいへんだった.
 成田からワシントンDCまでは,なんとビジネスクラスだった.生まれて初めての経験だ. スペースに十分な余裕があって,隣を気にする必要がないというのがなんと言っても魅力だ.慣れない席だけに理解できない備品や装置があって,逐一キャビンアテンダントに尋ねる始末だった.指定されたボタンを押すと席がフルフラットになるということで,さっそく試しに押してみたが快適だった.帰りもビジネスクラスだと良いのだが….
17:47 | 旅の空
2015/04/01

徳山空襲映像3部作DVD完成

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徳山空襲映像3部作DVD昨年末から取り組んできた徳山空襲ビデオのDVDがようやく出来上がった.最初の「徳山空襲・廃墟の海軍燃料廠」をVHSで販売したのが1998年だから,もう17年も前の話だ.次に,「徳山空襲・松根油工場の記録」,さらに翌年には市街地空襲を扱った「徳山空襲・荼毘の煙」が完成した.
 撮影した素材に上書きしてお詫びし再録画したことや,昼間は編集機材が空いていなくて編集作業をいつも深夜に行ったことなどを,なつかしく思い出した.皆で苦労して作成した徳山空襲映像3部作がデジタル化して残されることに大きな安堵感がある.
 3部作が入ったDVDは価格が1000円(税込み).
21:30
2015/03/24

消防博物館を訪ねる

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消防博物館を訪ねる寒い1日だった.大阪に行ったついでに東京まで足を伸ばした.主目的は予約しておいた四谷の消防博物館を訪ねて戦時の消防について教えてもらうことだった.
 まず担当の方に館内の展示を説明していただき,用意した質問をした.写真は展示物の一つで,国産の馬引蒸気ポンプ(明治34年)で,温度が上昇して使用できるようになるまで30分かかったそうである.館内を全部回ると,江戸時代から現代の消防まで,消防の進化がわかるような展示になっていた.
22:31 | 日記
2015/03/19

春が来た

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春が来た昨日は一日中雨で,今朝まで降り続いた.昼頃には雨もあがり,夕刻のウォーキング時にはすっかり晴れた.
 写真はいつものウォーキングの途中,高台から見た須々万盆地.雨で大気中の塵がすっかり落とされたのか,遠くまではっきり見える.先週末頃から暖かくなり,歩くと汗ばむほどの陽気になった.春の訪れを感じる.
21:25 | 日記
2015/03/08

登山道をふさぐ倒木の処理

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倒木の処理今日は年に一度の「緑山に親しむ会」の総会の日である.最近登山道をふさぐ倒木が目立つので,総会の前に切断して処理しようということになった.
 事前の調査によると対象となる倒木のある場所は10か所ほど.使用するチェンソーは,会の所有するほとんど唯一の備品である.通常の作業は主に午前中なのだが,今日は都合で,13時に支所前に集合して山に入ることになった.
 写真は倒木の切断処理作業も終盤にかかった頃の1コマ.大きな倒木が手に負えず残ったが,登山道がきれいになった.
22:37 | 日記
2015/02/17

アナログ時代の遺産

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アナログ時代の遺産ここは,とある街の,とある施設の作業室の一角.とても個人では手が出ない編集用機器が並んでいる.
 アナログ時代に編集した映像のいくつかを,東京の会社でデジタル化してもらったところ,テープに経年による劣化が認められるという指摘があり驚いた.大事な映像素材だけでもとりあえずデジタル化だと考えたが,情けないことにどれが大事なのかがわからない.一つずつ確認する必要がでてきた.
 そこで,知人にお願いして,アナログベータカムのラージテープが閲覧できる施設を紹介してもらい,テープを担いでやってきたわけである.
 テープのラベル名をノートに書き写し,閲覧したテープのタイムコードと内容を記録して帰るという退屈な作業のはずであったが,なつかしい映像が多く,単純な作業も苦にならなかった.結局,約2時間で作業を終え,デジタル化する素材を確認することができた.
21:12 | 日記
2015/01/03

今年はどんな年に

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わが家から見る日の出元日に予定されていた新春登山は,前日に暴風警報が出たため,あっさり中止になった.
 新春登山の天気に気をもんでいた大晦日の朝に新しい発見があった.それは,わが家のごく近くからでもご来光を見ることができるということだった.
 最初の2日はダメだったが,今朝は,犬の散歩の途中で右の写真のような朝日を見ることができた.遠くの山の端と2本の樹木に囲まれるように現れた太陽が雪景色と調和して独特の風景をつくりあげていた.
 2015年が良い年であることを願わずにはいられなかった.
22:55 | 日記
2014/12/18

雪が積もった

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雪が積もった道路に雪が積もると車が通る音が聞こえず,ついつい起床が遅くなる.職に就いているときはこうはいかなかった.
 7時過ぎに家を出ると,職場まで一つしかない道が峠付近で渋滞して遅刻する可能性があった.天気予報を聞いて夕刻の風の冷たさを肌で感じて積雪を予感すると,朝5時にアラームを設定して5時半頃には家を出た.そうすると6時頃には職場に着くことができた.やはり在職中はそうした緊張感があった.
 犬の散歩を兼ねて外に出てみると10cm以上の積雪があった.写真は散歩の途中に山の方を見て撮影したもので,8時を過ぎているので,陽が射して樹木に積もった雪はすでに解けかけていた.
19:01
2014/12/06

緑山に雪が降る

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緑山に雪が降る朝目覚めると庭にも雪が積もっていた.今日は新春登山に備えて緑山の作業が予定されていたが,まさかこの雪ではと思い普段着のまま集合場所に行くと,参加者は皆完全装備で決行ということであった.慌てて帰宅し登山靴など準備して緑山に向かった.
 作業と言っても,9月に草刈りを済ませているので,雑草もさほど伸びていなかった.積雪した状態での草刈りというのは見ていて面白かった.私は持参したガンゼキを使って登山道に積もった落葉を掃いたが,予想に反してけっこう力仕事だった.雪が降りしきる中,山頂でお茶を飲んで足早に下山した.新春登山が実現すると良いのだが….
19:25 | 日記
2014/11/30

川下りを楽しむ

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柳川川下り「空襲・戦災・戦争遺跡を考える九州・山口地区交流会」に参加するため柳川にやってきた.昨日午後に交流会があり,夜は懇親会,そして今日は柳川観光である.
 柳川観光の目玉は何と言っても川下り,午後から崩れるということでお天気が気になったがなんとかもちそうだ.ちょうど1週間前,新聞で,北原白秋の詩情を育んだ水郷柳川の風景が国の名勝に指定されたと紹介されていたのを読んだばかりだった.
 9時半に乗船,約1時間のゆったりした川下りだった.下船と同時に雨が降り出したのには驚いたが,予定通り御花や北原白秋の生家を巡り,最後はウナギのせいろ蒸しで締めくくった.
20:10 | 旅の空
2014/11/25

カメラを見つめる眼

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マスターシュわが家に6匹いる猫のうち,3匹が写っている.奥でカメラを見つめるのがマスターシュ.口ひげからこの名前がついたが,女性にこの名前はないような気もする.姓はもちろん私の姓である.大部分の色は白と黒で丸まる太っているのが特徴.奥の右側の三毛猫がお母さんのミッちゃん.手前の猫はルナでマスターシュ同様,ミッちゃんの子供だ.陽当たりの良いカウンターのマットの上は皆に人気があり,早い者勝ちだ.
17:28 | ペット
2014/11/09

逆さカキノキ

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逆さカキノキ昨日からずっと雨だったが昼前にようやくあがった.15時からウォーキングを始めるが途中から霧雨になった.そこでコースを大幅に短縮して帰宅することにしたのだが途中でまた雨が止んだ.
 それではと,向きを変えて今まで通ったこともない道をしばらく歩くと,いつものコースに出た.
 写真はコースの途中でいつも見ている柿の木で,昨日からの雨が風を伴わなかったため,色づいた柿の木の葉っぱが真下に落ちてその場所に留まった.そのため逆さにして見るともう1本柿の木があるように見える??
 偶然だが昼食の後に見たテレビ番組で剱岳登山をやっていて,阿曽原温泉の上の仙人池に映った剱岳,「逆さ剱」を紹介していた.昔一度見たことがあってなつかしかった.写真の木はいわば「逆さカキノキ」だ.
20:45 | 日記
2014/10/30

より良いPC生活を求めて

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過渡的措置日頃使っているものがないというのは不自由なものだ.そこでデスクトップPCなしでも作業がはかどるように,ノートPCを使いやすくすることにした.まず,デスクトップPC用のディスプレイに接続し,USB端子を使ってマウスとキーボード,それに外付けハードディスクを接続した.
 ディスプレイが1つ足りない上に解像度を自由に変更できないこと,ネットがサクサク使えないことなど不満はあるが,作業環境は確実に改善された.
22:25 | 日記
2014/10/29

悲劇の連鎖

| by:admin
悲劇の連鎖先日PCのハードディスクが故障したと思ったら,また「ハードディスクを交換するか修理してください」というメッセージが出た.しかも今度はOSが入ったディスクだ.修理というのはありそうもない話だと思って,またまた山口まででかけることになった.
 予想していたように,ハードディスクの交換となったが,ことはそれほど簡単ではない.在職しているときに無料でインストールしたソフトが入っている.インストール用ディスクがないので,新しくインストールするとなると,アプリケーションソフトのいくつかは新規購入しなければならない.
 安くあげる方法はディスクを丸ごとコピーすることだが,もともと修理が必要なディスクからコピーして大丈夫か?今回はすぐに作業が終了せず預けて帰ることになった.やれやれだ.
19:58 | 日記
2014/10/24

数は多いが

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庭の柿の木庭の柿の木がたいへんだ.数え切れないほどの実を付けている.問題は実の大きさで,今年は8月に晴れた日が少なかったためか,全体に小ぶりだ.
 思うに,野菜も樹木も手入れが大事で,柿の木に関して言えば,余分な枝を落とすとか,たくさん実を付けたときは間引いてやるとか,そんな世話が必要なのだろう.普通の大きさだと知り合いに配るとか方法があるのだが….
19:28 | 日記
2014/10/08

気持ちの整理

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気持ちの整理退職から1年半が経過した.退職時にも本の整理をしたが,残すか捨てるか迷う本が多かった.それらの多くは専門の書籍だったが,自宅にあった本は急ぐこともないとそのままになっていた.
 少し時間が経つと本当に必要な本と,おそらく今後読む機会がないであろう本の区別がはっきりできるようになった.読まない本は捨てるか売るか,素人では判断が難しい.そこで,とあるオンライン通販サイトで所有する本の「時価」を調べてみることにした.
 文庫本などは絶えず新しいものが安く刊行されているので,ほとんどが10円以下である.そこで,最低価格が100円以下のものは原則捨てて100-500円のものはとりあえず保管,500円以上のものは売りに出すことにした.ただ,たとえ1円の価格の本でも,昔読んで感動した本は残すことにした.専門書の中には売れるかどうかは別にして驚くような価格の本もある.
 上の写真は,100円以下で「資源ゴミ」として出す本の第一弾.少し悲しい気もする.
19:29 | 日記
2014/10/05

高専ロボコン2014中国地区大会

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高専ロボコン2014
東広島市で開催された「高専ロボコン2014中国地区大会」に出かけた.今年のテーマは「出前迅速」で,お盆に高く積み上げられた蕎麦(そば)のセイロを,3つの障害物を乗り越えて運ぶというものだった.
 ビデオカメラを操作しながら試合を見ていて思ったことは,セイロとセイロの間の摩擦がほとんどなく,ちょっとした振動で崩れてしまうということだった.2往復もできるチームはなく,5枚程度のセイロを運んで確実に出前先まで届けることができれば,試合に勝つことができた.
 徳山高専は2チームとも1回戦に勝利したが,2回戦で敗れた.写真左は10枚のセイロを運ぶAチーム,右は5枚を運ぶBチーム.
23:19 | 日記
2014/09/29

故障したPCの運命は

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美東サービスエリア先週の金曜日の朝,自宅のPCが突然起動しなくなった.修復を試みるがWindowsは起動できなかった.コマンドモードにして,救済できるファイルをすべて別のハードディスクに保存した後,修理に出すことにした.
 3年前にPCを組み立ててくれた人を頼って,山口市まで片道50分のドライブとなった.さすがに本職というか,彼がPCのスピードアップのために設けてくれたレイド機能を受け持つハードディスクの1つがクラッシュしていることがわかり,そのハードディスクを除いて再調整し使用できる状態まで復旧した.その日の内に持って帰ることができるとは思ってもみなかった.
 写真は帰路に立ち寄った中国自動車道の鹿野サービスエリア.ずっと昔は賑わっていたが,山陽自動車道ができて通行も少なくなり,駐車している車も数えるほどだ.
13:34 | 日記
2014/09/21

緑山山頂で会いましょう

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緑山山頂で会いましょう「緑山に親しむ会」が発足したのは2000年3月だから会が発足してすでに14年以上,作業を始めたときから数えれば15年になる.作業自体は単調だから何もしないと参加者が減ってくるのは自然だ.
 草刈りだけなら簡単だが,昔伐採した樹木が成長して山頂からの視界を遮るようになった.3月の総会のときに,「参加者を増やして山頂からの視界を広げよう」という提案があった.今回,「決起」をうながすチラシをつくり,チラシの最初に「9月21日は緑山山頂で会いましょう」と大書した.公共施設の掲示板に貼ってもらったり,ウォーキングで出会う人に配布したりした.
 あいにく小学校の運動会と重なったが,11人が参加して久しぶりににぎやかな作業となった.
20:17 | 日記
2014/09/10

16%の割引き

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割引券今日も大阪行きだ.最近関西への旅が多くなって,新幹線に乗る回数も増えた.パソコンは開かないこともあるし,本を読まないこともあるが,コーヒーは必ず飲む.特においしいというわけでもないが習性のようなものだ.
 以前は必ず300円を出してコーヒーを飲んでいたが,そのうち50円の割引券なるものが登場して負担は250円になった.前回は気づかなかったが,いつの間にか310円になったらしい.おそらく消費税の値上げに伴うものだから4月からなのだろう.負担が260円になって,割引率を計算してみると約16%,決して低くない率だ.割引券を使うポイントは,もらったときに必ず財布の決められた場所に保管しておくことだ.
23:27 | 旅の空
2014/09/09

雲の形

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雲の形歩き始めると80-90分はかかるので,日没の時間を考えてスタートする時間を決める.最近はそれが17時である.
 季節は夏から秋に移りつつある.そんなことを実感させてくれたのがウォーキングの途中に見た右の写真の風景だ.空を見上げて驚いた.自然の造形に単純に感激すれば良いのだが,昔学んだ手前,どうしても雲の名前が気になる.うろこ雲だと巻積雲だがひつじ雲だと高積雲,写真に写っていない部分も考えるとやはり巻積雲か?と思った.
 さらに30分歩いて帰宅,自宅から空を見上げると先ほど見た景色はすっかり変化していた.
20:16 | 日記
2014/09/08

自由通路を歩いてみた

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ぞうさんのさんぽみち今日は久しぶりに市の中心市街地に足を運んだ.駅周辺では無料の駐車場を見つけることが難しいので,駅正面の入庫後15分間無料駐車場を使って,15分内に駐車場を出るか,あきらめて1時間程度駐車するか,いつも選択を迫られる.
 あいにく今日は駅周辺にいくつか用事があり後者を選択した.そのついでに,一昨日開通した駅の北側と南側を結ぶ南北自由通路を見学することにした.自由通路の愛称は,市が募集して「ぞうさんのさんぽみち」になったという.混雑する時間帯を外して行ったためか,幅8mある通路は明るくゆったりとしていて,通路の中間地点からは線路や駅周辺の施設が見え,南端からは徳山湾などを望むことができた.
 私自身は,自由通路の目的の一つである南側と北側の「格差是正」や防災の見地からは,過去のある時期に,南北の通路を平面にする,つまり,レール部分を高架構造にすることが必要ではないかとずっと思ってきた.今回の自由通路の完成が,中心市街地の活性化だけでなく地域の活性化に結びつくことを願っている.
17:46 | 日記
2014/08/30

ウォーキング再開

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ウォーキング再開「8月は雨が多かったな」と思いながら体重計に乗ってみると,何と1月歩かない間に体重が2kgも増加していた.減らすのは難しいが増えるのはかくも簡単である.
 そんなわけで,また今日からウォーキングを再開することにした.初日は簡単に,などと思わずいつもの10000歩コースを歩くことにした.夕刻だがまだ暑いので,ショルダーバッグにペットボトル持参でのウォーキングとなった.
 コースの途中にある水田で,稲がたわわに実って道路上に倒れかかりそうな勢いである.広島の土砂災害に思いをはせ,台風の被害などを受けず収穫時期を迎えることを願った.
23:40 | 日記
2014/08/18

日吉台地下壕見学

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日吉台地下壕8月16日から,明治大学(川崎市)で開催された,戦争遺跡保存全国シンポジウムに参加した.今日は見学会ということで,私は,日吉台地下壕見学コースに参加した.ここは,旧日本海軍の連合艦隊司令部があったところで,日吉台地下壕の保存をすすめる会の方たちから案内していただいた.
 見学前は,司令部全体が地下にあったようなイメージを持っていたが,実際に現地で説明を受けて,やはり地上部と一体で運営されていたことが理解できた.
 要所で簡単な説明があったが,コース全体で一人が説明するのでなく,保存する会の人たちが分担して説明してしてくれたことが印象に残った.
23:10 | 旅の空
2014/07/29

地球岬

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地球岬自費出版の場合,通常の流通経路に乗れないので自分で努力して販路を開拓するしかない.
 午前中に室蘭市役所で『アメリカが記録した室蘭の防空』について記者発表,ありがたいことに4社が参加してくれ,予定していた以上に質問も出た.
 自分一人だと目にとまったレストランなどで簡単な昼食というところだが,会見に同席してくれたS氏が,「せっかく室蘭に来たのだから」と,室蘭で有名なB級グルメの店で,天丼を食べさせてくれる食堂に案内してくれた.昼食の時間帯にくると行列ができているということで,少し時間帯を外した遅い昼食になった.
 写真は,昼食後に訪れた室蘭の景勝地地球岬の展望台から撮影した写真.案内板に,アイヌ語が訛ってチキウ岬になり,地球岬という当て字が使われるようになった,と書いてあった.
22:38 | 旅の空
2014/07/28

北海道は遠かった

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福岡空港前回の書き込みは5月19日だから,2か月以上経ったことになる.この間,ずっと,『アメリカが記録した室蘭の防空』と私たちの会の機関誌の編集が生活のほとんど全てだった.
 本のキャンペーンのため,またまた室蘭に行くことになった.右の写真は,福岡空港で搭乗予定の機で,最近何かと話題になる会社のものだ.写真を撮影したのは,初のLCC体験と自分勝手に思い込んでいたためだが,実際はMCCと言うらしい.
 いつものように余裕をもって空港に到着したのだが,搭乗予定時刻直前に,出発が2時間遅れるというアナウンスがあり,結局,2時間半遅れで出発した.室蘭到着後に予定していた夕食会をキャンセルしなければならなくなったのは残念だった.懲りずにいろんな体験をすることにしよう.
22:31 | 旅の空
2014/05/19

イタンキ岬を望む(2)

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イタンキ岬遠望東室蘭駅に着いたのは5時前だった.ホテルに直行するところだが,今日も現地調査の予定が組まれている.到着が1時間以上遅れたので,予定を全部消火できないのは仕方がない.大沢を見たいという私の希望を入れてもらって,迎えに来てくれた人たちと車に乗る.
 写真は大沢の台地から北方を見たところで,海に突き出たイタンキ岬の特異な景観が印象的だ.手前の笹原が薄茶色をしていて,雪解けからまだそんなに時間が経っていないことがわかる.
23:43 | 旅の空
2014/05/19

努力してみたが

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南千歳駅室蘭に行くのに福岡空港から飛行機に乗った.長さ1mに縮めたカメラの一脚兼GPSセンサー取り付け用のポールを機内に持ち込もうと航空会社の係の人と交渉した.ルールは60cm以内だ.千歳空港での接続がとても窮屈になっていて,チェックインカウンターで荷物として預けると,接続の列車に間に合わない可能性が高かった.
 何度も気持ちを込めてお願いし,担当の人もいろいろかけあってくれたが結局だめだった.予想が悪い方に当たって,福岡発が20分程度遅れ,向かい風とかでさらに千歳着が遅れ,千歳空港の滑走路が混雑しているとかで,さらに遅れて,結局40分の遅れとなり,予定した列車に間に合わなかった.少し割り切れたのは,機内に持ち込んでも結果は同じだったということだ.
 南千歳駅まで行って,室蘭方面行きの列車が来るのを1時間以上待つことになった.写真は南千歳駅の構内から線路沿いの白樺の木を撮影したもので,周囲の景色を見ていて1時間はあっという間だった.
21:07 | 旅の空
2014/04/23

いましばらく自由の身で

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フリーウェイモンゴメリでの資料収集を終えて,85号線を北上してアトランタに向かう.明日は帰国の途につくので,実質的には今日がアメリカ最後の日になる.在職中は,この道路を通るのは,いつもきまって入学式の3日前で,車を運転しながら,「もう少しだけ自由の身でいられる」と感じた.帰国して学校が始まれば,また日常に戻ってしまう.「自由の身でいられる」という気持ちは,無職になった今でも変わらないような気がする.
 ちなみに写真のフリーウェイは85号線で,片側2車線で,路肩を含めると3車線,左側にも3車線あって,中央分離帯が3車線分くらいある.「よくこんな国と戦争をしたものだ」と,これも毎年運転しながら思うことである.
21:46 | 旅の空
2014/04/20

知らなかったのは私だけかも

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アトランタで車をレンタルアトランタ空港に着陸してレンタカーを利用するためにスカイトレインに乗り,レンタカーの事務所に行く.あらかじめ予約していたので手続きは簡単で,いつものようにGPSなどのオプションをしつこく勧められることもなく,指定された駐車場に向かう.車は写真に示すフォードだ.
 私が知らなかっただけかもしれないが,いつもイグニッションスイッチのところに最初から付いている車のキーがないのである.というか,スイッチそのものがない.
 駐車場の出口の係の人に尋ねると,最近の車で,キーはなく,ブレーキを踏んでボタンを押せばスタートできると言う.使い慣れたキーのある車に替えてもらおうかとも思ったが,ここは好奇心が勝って,そのまま乗ることにした.慣れたら何ということはなかった.
23:20 | 旅の空
2014/04/20

安いとは思うが

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ガソリンの値段今日は,DCからアラバマ州のモンゴメリに移動する日だ.レンタカーを借りるときに,満タンにして返すかどうかで,支払うお金が変わってくる.1円でも安くするため,必ず満タンにして返すという選択肢を選ぶ.
 満タンにするのはきまって空港の近くのガソリンスタンドである.写真は今日のガソリンの値段で,レギュラーが$3.71になっている.もちろんこれは,1ガロン(3.785リットル)の値段で,$1=102円で計算して約378円,1リットル当りに換算すると,ちょうど100円である.
 その昔,$1=120円の時代に,車を走らせていると,ガソリンスタンドの看板に大きく$1とか0.99cとかいう表示があって,当時,日本でも「99円」というような看板が出ていた.「日本と同じだ」と一瞬思ったが,実は4倍近い開きがあった.1リットル=100円というのは,確かに日本と比べると安いが,ずいぶん価格差が縮まってきたという感じがする.
21:31 | 旅の空
2014/04/14

朝食に変化を求めたいが

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朝食宿は変わったが朝食のメニューにはほとんど変化がない.朝食の時間は,どの宿でも,ほとんど6:30-9:30で,場所はロビーの一角が充てられている.
 写真は朝食場の標準的な配置で,一番左側にシリアルがあり,その右にベーグルや食パン,中央はコーヒーで,一応ディカフェもある.そのさらに右に電子レンジがあって,一番右側が,オレンジジュースとアップルジュース,写真には写っていないが,これに小さなリンゴが付いている.
 野菜がないのは辛いが,短期間だから耐えるしかない.
23:00 | 旅の空
2014/04/13

日曜日の仕事

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コインランドリー日曜日になると,以前は,どこか観光しようと考えたが,年齢のせいかそんな気力がなくなってきた.それでも,洗濯だけはどうしてもやっておかなければならない.洗濯物を車に詰めて,なじみの「コインランドリー」に行く.
 いつも洗濯は約30分,乾燥が約1時間という見積もりだから,本とかパソコンとか,暇つぶしのための道具を持参することがポイントになる.
 「メガローダー」という洗濯機があって,これは一度に50ポンド(約25kg)の洗濯物を処理できる.ドライヤーは100台以上あるので待たされることはない.
22:33 | 旅の空
2014/04/10

心機一転,宿を移る

| by:admin
宿を移るやはり宿でインターネットが使えないのは辛い.英語の辞書やメールの閲覧,GISのクラウド画像の利用など,あらゆる作業が停滞する.
 フロントで,「いつになったらWiFiが使えるようになるんだ」と尋ねると,いつ修理できるかはわからないが,宿を変更するのは可能だと,具体的に隣の宿を提案してくれた.料金も同じだという.
 写真は無料宿泊期間が明けた後に移った宿で,昨年滞在した場所と同じである.「隣の宿から越してきた」というと,それでは「その宿に一番近い部屋にしましょう」ということになった.写真は,その別館から撮影した本館の様子.
23:57 | 旅の空
2014/04/08

WiFiが使えない

| by:admin
共用車線昨日,明るいうちにワシントンDCのダレス空港に着いた.そこから車で約50分,写真右の建物がこれから2週間の宿舎である.と思っていたところ,フロントの女性から,WiFiが故障して使えないと聞かされショックを受ける.何しろ最初の3泊はメンバーシップの特典で無料宿泊なので今更変更手続きは難しい.
 写真の左側は,ワシントンDCから真っ直ぐ北に向かう1号線で,5車線ある.中央の1車線が左折用の上下線の共用車線で,両側に黄色い線が引いてある.
 朝のラッシュアワー時に,国立公文書館に行くために,まず左折しなければならない.最初に下り線の車が来ないタイミングを見計らって共用車線に出て左に回転し,上り線が空いたタイミングで,内側の車線に入り,方向指示器をそのままにして外側の車線に移動し,100m先を右折する,もう何度も繰り返してきた操作だが,いつも怖い.
17:20 | 旅の空
2014/03/24

退職から1年

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庭の桜久しぶりに朝から晴れて,外に出てみると庭の桜が満開だった.桜の色が晴天の青空に映えてとてもきれいだ.雨や風のために通常は2-3日でこの景色も終わる.
 まもなく退職から1年が経とうとしている.予想したよりもヒマな時間が少ない.元の勤務先では忘れずにインフルエンザの予防接種を受けていたのだが,退職して接種の時期を逸し,不覚にも罹患した.ほぼ全快と言える状態まで戻った.
11:15 | 日記
2014/02/18

冬景色

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冬景色今日はとても寒い一日だった.少しためらったが,やはり日課のウォーキングは欠かさずにやることにした.そしてそれは正解だった.
 右の写真はウォーキングの途中でわが家の方向を見て撮影した写真.時刻は午後5時過ぎだから普通は山に雪が残っていることはまれだ.
 ところが今日は朝から陽が射さなかったため,山の雪が残ったのである.普通は平地に雪が残るが積雪量が少なかったため解けてしまって写真のような景色になった.
 おそらく5年に1度見ることができるか?という風景だ.
20:35 | 日記
2014/02/10

飼い主はどこに

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迷子の子猫わが家の庭先に子猫が出没するようになったのは1月中旬のことだ.それから1週間,毎朝見かけるようになった.
 首に赤い鈴付きのカラーを付けていて飼い猫であることはわかった.写真を撮ってA4版のポスターを作り飼い主を探すことにした.左に示したポスターは一番新しいバージョンで3度作り直した.郵便局や市役所の支所,交番にも行ってポスターの掲示をお願いした.
 自治会にもお願いして,班ごとに回覧もしてもらった.しかし,何の情報も寄せられなかった.その後「〇〇さんちのネコではないか?」という情報をいただいてその家を訪ねたがハズレだった.子猫だったので,必ず地区内に飼い主がいると思っていたのだが,猫好きのその人の話によると,遠くからやってくることもあるそうだ.
 すでに1月以上が経って,わが家にいる間に体重も増え,大きくなった.
11:43 | 日記
2014/01/22

何とか間に合った

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ロボコンビデオ昨年末からロボコンのビデオ制作に取り組んで,一昨日ようやく完成した.昨日講演会があり,私が話すわけではなかったが「間に合えば」という依頼があって,締切日を自らに課して制作に打ち込んだ.
 4人のカメラマンが撮影した映像素材があるわけで,合計すると15時間以上録画されている.一通り見るだけで2-3日を要した.間をおくとまた内容を忘れるので,編集を開始したら一気に仕上げるのがこれまでのビデオ制作の教訓だ.
 提供された素材が,1クリップ3GBあるファイルがあって,これには困った.使用しているソフトで分割しようとするのだが,映像と音がずれてしまう.職についていたときはいいかげんにしていた映像のフォーマットなど,時間をかけて細かいところを理解できたのは良かった.
 正月前後は先が見えず辛くなることがあったが,仕上がりが見えてくると作業もはかどるようになって,最終盤は元気が出てきた.
19:17 | 日記
2014/01/01

2014年が明ける

| by:admin
緑山からのご来光元旦早朝の予報は曇りだった.5時過ぎに起きてまだ暗い空を見上げると星が見えた.緑山でご来光を見ることにする.日の出の時刻は7時18分,早く山頂に着くと待つ時間が辛い.
 6時40分に家を出て登山口まで車を走らせ,登山靴に履き替えて山頂を目指す.山頂にはすでに2人の先客,日の出の時刻には6人になった.
 地平線には雲があって実際の日の出は予定時刻より遅れることになった.それでも2-3分後には雲の上に大きな太陽が現れて辺りが明るくなった.今年が良い年であることを願わずにはいられない.
19:10 | 日記
2013/12/17

笠戸島を訪ねる

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笠戸島今日は下松の人たちと一緒に笠戸島の戦争遺跡を訪ねた.総勢10人で深浦から登山,数えてみると7回目の笠戸島訪問になる.
 一度にすべてのことがわかれば,調査は1回ですむが,当然と言うべきかそんなことはありえない.今日も登山口近くにあったポンプ場の場所を教えてもらったり,これまでよく分からなかったレーダー設置場所の候補地を教えてもらったりと学習した.
 写真は,聴音機を設置する予定で,結局掩体だけが建設された場所で休憩するメンバー.ここからは光の牛島や上関町の祝島が近くに見えるだけでなく,遠く四国の佐多岬半島も望むことができた.
19:59 | 日記
2013/11/25

徳山高専が17年ぶりに優勝

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ロボコン2013劇的な逆転だった.
 高専ロボコン2013"Shall We Jump?"の決勝戦,対戦相手は近畿の強豪奈良高専,競技を観戦してきた人たちは奈良高専の優勝を疑わなかったはずだ.とにかく早い.
 しかし,審査委員長?のコメントにもあったが,最近のロボコンは「ロボットと人間のコラボレーション」を重視している.やはりそこに勝敗のカギがあった.
 決勝戦はデスマッチのようなもので,3分間の競技時間内にたくさんジャンプしたチームが優勝する.これまでのジャンプでマシンの疲労も局限に達しているはずだ.ゴール位置にたどり着いて先にジャンプを始めたのは奈良高専で,奈良高専の勝利は動かないと思えた.
 ところが,118回クリアしたところで奈良高専のロボットのジャンプが止まったのである.試合終了直前に徳山高専が追いつき結局124:118で17年ぶりの優勝となった.

 高専ロボコン全国大会の模様は,12月21日(土)16:00-16:59,NHK総合テレビで放送される.
18:09 | 日記
2013/11/24

朝の浅草寺

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朝の浅草寺ロボコンのカメラマンで東京にやってきた.ホテルが浅草寺に近く,朝食をすませて訪ねてみた.以前一度イチョウの木を見学に来たことがあるが,様子がまったく違うのである.以前来たときは日曜の午後でとにかくすごい喧噪だった.同じ日曜だが,7時半を少し過ぎたところで写真のように人影はまばらだ.落ち着いた環境で散策すると,いろんな記念碑などがあって興味深い.
 そんな中でも,写真右側は,「山形県村山市物産展」の準備をする人たちで,何か食べ物のサービスでもあるのだろうか,多くの人が列を作って待っていた.
23:37 | 旅の空
2013/11/06

ムラサキシキブ

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ムラサキシキブウォーキングにとても良い季節になった.何も考えずに出発すると必ずそのコースになるという自分の好きなコースがある.そんなコースでも少しは変化を付けたいと思う.先日ふと足を踏み入れた小径が小高い丘を横切るコースでとても気に入った.
 昨日歩いていて道ばたに右の写真のムラサキシキブを見つけた.この時期低山を歩くとよく見かける花で,紫色に気品があり名前も響きが良い.実はこの辺りでムラサキシキブと呼ばれている花は,厳密にはコムラサキが多いという.葉っぱを調べて見ると,ノコギリ状の部分が葉の先端だけで限りなくコムラサキだ.しかしここはムラサキシキブのままにしておこうと思う.
 今日同じ場所を歩くと,無残にも枝ごとなくなっていた.しかも手で折ったらしく残った部分が醜く見える.「やはり野におけコムラサキ」,コムラサキの方が語呂がいい?
20:09
2013/10/22

予定した終点に着いたが

| by:admin
鷲崎弾埼灯台をあとにして20分も歩くと鷲崎のバス停に到着した.ここが予定したウォーキングの終点だった.
 写真の右に鷲崎の消防署が,左にバス停があって,「大野亀」まで6.3kmの掲示がある.登山をしたり屈曲した海岸線を歩いたので,3時間で実質10km程度歩いたか?時刻は12時15分,次のバスまで2時間半もある.
 バス停の中でしばらく考えて,結局,時間つぶしにさらに歩くことにする.登山だと地面が土なのであまり疲れないがアスファルトの上を長時間歩くのはけっこうつらい.1時過ぎに見立というバス停にたどりつくが,計算するとバスが来るまで1時間半ある.もう少し歩こうと思う.次のバス停である北小浦に1時半頃に到着する.ここで1時間待ってバスに乗り両津に向かった.
 大野亀から両津の方に15km程度近づいた計算になる.佐渡ではバスの料金は800円で頭打ちになっていて帰りのバス料金は780円だった.残念なことに,約4時間歩いたが,バス料金は20円しか節約できなかったのである.
22:48 | 旅の空
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戦争末期,室蘭には陸軍の最新鋭のレーダー施設が配備されていた.1945年10月の戦略爆撃調査団の調査結果と現地調査をもとに室蘭の防空を解説.
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広島・長崎に原爆を投下した第509混成群団の創設から,模擬原爆パンプキンによる訓練を経て原爆投下に至る過程を豊富な写真資料で紹介.
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周南の戦争遺跡
徳山要港防備図を手がかりに,戦争中に周南市(山口県)に建設された防空砲台や特設見張所を,当時の航空写真や現地調査による豊富な写真で紹介.
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米軍の写真偵察と日本空襲